時は戦国、嵐の時代。強者たちが覇を唱えて兵を挙げ、日ノ本の至る所で戦火が絶えることがなかったそのような時代に、九頭竜川の東に小国「大津塚」は生まれた。わずかな領地に名乗りを上げたのは「神楽坂乃翁」と呼ばれる初老の男であった。とは言え、さしたる武勲もなく、強大な兵力もない小国のこと、ひとたび戦となれば三日も保たずに滅びるだろうと、誰もが考えていた。しかし、巷の予想に反して、大津塚が消え去る事はなかった。いや、正確には──誰にも攻め滅ぼすことができなかったのである。大津塚に野心を向けて侵攻した武将の領土は天災に見舞われ、兵や領民は病魔に倒れ、麻を薙ぐようにばたばたと死んでゆく。「大津塚は“緋天の巻物”で護られている。攻め入れば末代まで祟られる――」真偽の程は定かではないが、信長、信玄をはじめとする群雄諸侯のいずれもが“触らぬ神に祟り無し”と考えた結果、大津塚はその命脈を保ち続けたのである。そして、永禄四年の春──この物語は端緒を迎える。鎮守の森に囲まれた小城“大津塚”の殿中で、時の城主「神楽坂政親」の首を斬られた亡骸が見つかった。謀反を起こした下手人は、その夜謁見の予定があった浪人頭「堀紋十郎」とされたが、家臣達が長屋を訪れたところ、紋十郎はすでに姿を消し、大津塚から逃亡を図っていた。時を同じくして、家宝である“緋天の巻物”の紛失も判明し、大津塚城内は一気に慌しくなる。嫡男、神楽坂小十郎太は、夜があける前に侍大将数人を引き連れ、紋十郎の後を追った。また、時を同じくして、御伽衆に草を放っていた風魔の一族も“緋天の巻物”を手に入れるべく密かに動き出した。さらに、複数の刺客もまた巻物を奪わんと、紋十郎の命を狙っていた…かくして、乱世の時代、歴史の陰で日ノ本は大きな転機を迎えようとしていた……。