紅花を醸して造られた「紅酒」。鉱物の雲母片を使って作った書物を扱っていたらしい「雲母書房」。煙草に仕込むと阿片がごとき酩酊を得られる「万能星片」――。他にも「蝙蝠硝子」「遊星キネマ装置」「尖晶石式睡眠燈」等々……。これらのモノは現代科学とは違う起源に根ざした技術で開発製造されていた。1900年代から1930年代終盤まで、実際に市場に出回り、人々の手で消費されてきた珍妙な製品。庶民が『こんなものがあったら面白くて、便利なのに……』といった夢想を、そのままカタチにしたような品々。それは何故?何の為に?誰が造り、伝えてきた?これら「珍奇物品」を研究し、その製造元をたどった郷土史家がいた。それが主人公の行方不明になった叔父だった。主人公は大学の研究室で偶然叔父の記したノートを発見。そこには、常識はずれの物品の図録や、突飛な項目、不完全な記述が溢れていた。それら「珍奇物品」の流通をたどると、不思議なことにほとんどが「紅殻町」という地名にたどり着く。主人公はノートの記述をひもとくうちに「紅殻町」に、子供の頃に訪れたおぼろげな記憶の街並みと同じ匂いを感じる。山形の祖父母の家に預けられていた折りに遊んだ、大人たちの記憶に見当たらない、二度と行くことのできない思い出の街並み…。もしかしたら、そこが「紅殻町」なのかも知れない。主人公は今では記憶もあやふやなその町への郷愁も手伝い、手記に書かれた事柄へ強く興味を抱くようになる。幸い学校は長い夏期休暇も近く、時間はたっぷりある。叔父の手記の不明部分を埋める、とまではいかないかもしれないが、なんらかの発見があるかも知れないと、ついに主人公は帰省することにする――。